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京都地方裁判所 昭和60年(行ウ)14号 判決 1992年11月30日

滋賀県大津市仰木町六二二三-四九

原告

橋本喜由

右訴訟代理人弁護士

川中宏

久保哲夫

京都市左京区聖護院円頓美町一八番地

被告

左京税務署長 田中鉄夫

右指定代理人

杉浦三智夫

主文

一  原告の本件の訴えのうち、昭和五四年分の所得税の総所得金額が四九五万九、五六七円を超える部分の取消を求める部分の訴えを却下する。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告が原告に対し昭和五八年二月二六日付けでそれぞれした、原告の昭和五四年分の所得税の総所得金額を五四一万九、九三九円、同五五年分の所得税の総所得金額を四五三万一、一九七円、同五六年分の所得税の総所得金額を三八三万一、四五七円とする各更正処分及び右各年分の過少申告加算税の賦課決定処分(以下、以上の各処分を「本件各処分」という)のうち、総所得金額につき、昭和五四年分は二三九万円、同五五年分は一五四万二、六八四円、同五六年分は九五万七、一八〇円を超える部分をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告(請求原因)

1  原告は、左官工事業を営む者であるが、昭和五四年分ないし同五六年分の所得税の確定申告、更正、異議申立、異議決定、審査請求、裁決の経緯は別表甲1のとおりである。

2  本件各処分は、以下の理由により違法である。

(一) 被告は、原告に対する税務調査において、事前の通知、調査理由の開示をせず、第三者の立会いを認めないで、また原告の同意を得ずに一方的に反面調査をして、本件各処分を行なった

(二) 本件各処分のうち、原告の各申告総所得金額を超える部分は、原告の所得を過大に認定したものである。

よって、原告は被告に対し、本件各処分のうち別表甲1の各年分の確定申告欄記載の額を超える部分の取消しを求める。

二  被告(認否、主張)

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1の各事実を認める。

(二) 同2(一)、(二)をいずれも争う。

2  主張

(一) 事前通知、調査理由の開示、第三者の立会、反面調査について

税務調査に際し事前通知をなすこと、調査理由を具体的に開示すること、第三者の立会いを認めることは、質問検査を行なうための法律上の要件ではない。また、反面調査は、税務調査対象者の同意を得ることがその法律上の要件とされていない。

したがって、本件各処分は、税務調査において事前通知、調査理由の具体的開示、第三者の立会いの容認をせず、また、反面調査の同意を欠くとしても、違法とはならない。

(二) 推計課税の必要性について

被告は、本件係争各年分についての原告の申告にかかる所得金額が適正なものかどうかを確認するため、部下職員を原告の所得税調査にあたらせた。

右職員は、昭和五七年一〇月四日から同五八年二月九日までの間に、再三にわたって原告の自宅兼事業所に赴きあるいは電話して、原告に対し、帳簿書類の提出等調査に協力するよう要請した。しかし、原告は、以下のように帳簿書類を提出せず、終始調査に協力しなかった。

(1) 右職員が昭和五七年一〇月一五日に原告の自宅兼事業所に臨場した際、原告は「こんな景気の悪い時に調査に来るとはどういうことだ。」等の申立を繰返すばかりであり、また、調査に関係のない第三者を立会わせた上、右職員がその退去を要求してもこれに応じず、調査に協力しなかった。

(2) 同五八年二月九日に右職員が原告の自宅兼事業所に臨場した。その際、原告は、調査に関係のない第三者を立会わせた上、右職員が右第三者を退去させるよう要請してもこれに応じず、調査に協力しなかった。

(3) その後も、原告は、第三者の立会いの下でなければ調査に協力しないとの態度を変更しなかった。

以上の経緯により、被告はやむを得ず、推計の方法により算出した金額に基づき本件各処分を行なったものであり、推計の必要性が存在した。

(三) 事業所得金額について

(1) 推計の合理性

被告が原告の本件係争各年分の事業所得金額の算定に用いた同業者の選定経緯及びその推計は、次のとおり合理的である。

イ 大阪国税局長は、原告の事業所を所轄する被告並びにその隣接地域を所轄する上京、中京及び東山の各税務署長に対し、原告と同じ左官工事業を営む個人事業者のうち、青色申告書を提出しているもので、本件係争各年分を通じて次の<1>ないし<6>の各条件に該当するすべての者を抽出するよう通達指示した。被告らが右抽出基準にしたがって抽出した同業者は、七名であり、その売上金額、売上原価、売上原価率、経費、経費率は別表乙2のとおりである。

<1> 他の事業を兼業していないこと。

<2> 年間を通じて継続して事業を営んでいること。

<3> 年間の仕入金額が、一五〇万円以上六〇〇万円以下であること。

なお、右基準の仕入金額の範囲は、上限を昭和五五年分の原告の仕入金額の約一・五倍、下限を同五六年分の原告の仕入金額の約半分としたものである。

<4> 青色専従者数が二名であること。

<5> 自署管内に事業所があること。

<6> 不服申立又は訴訟が継続中でないこと。

ロ 右抽出基準によって抽出された同業者は、原告と、業種、業態、事業所の所在地及び事業規模等の類似性を有し、しかも、その申告の正確性を有する青色申告者である。これに基づき算出された数値は正確である。

そして、同業者の抽出は、大阪国税局長の発した通達に基づき、右抽出基準に該当する者の全てを抽出したものである。その抽出にあたって恣意の介在する余地がない。

したがって、右により選定された同業者の売上原価率や経費率は、正確性と不偏性とが担保されている。被告がこれを用いて原告の本件係争各年分の事業所得を推計したことは合理的である。

(2) 原告の、本件係争各年分の事業所得金額の算定方法は、以下のとおりである。

イ 売上金額

原告の本件係争各年分の売上金額は、別表乙1の各<1>売上金額欄記載のとおりであり、これらは、後記ロの本件係争各年分の売上原価を、別表乙2の各<3>欄記載の同業者の売上金額に対する売上原価の割合の平均値(以下、「同業者原価率」という)でそれぞれ除して算定した。

ロ 売上原価

原告は、本件係争各年分の期首及び期末現在における原材料等の棚卸高を明らかにせず、また、原告の各年分の事業内容及び規模について著しい変動があったとは認められない。そこで、本件係争各年分の期首及び期末現在における右棚卸高を同額とみて、本件係争各年分の仕入金額をもって当該各年分の売上原価とした。

右売上原価の金額は、別表乙1の各<2>売上原価欄記載のとおりであり、その明細は、別表乙3のとおりである。

ハ 経費

原告の本件係争各年分の経費(給料賃金、外注費、一般経費の合計額)の金額は、別表乙1の各<4>経費欄記載のとおりであり、これらは、前記イの各売上金額に、別表乙2の各<5>欄記載の本件係争各年分の同業者の売上金額に対する経費の割合の平均値(以下「同業者経費率」という)を乗じて算出した。

ニ 特別経費

原告の本件係争各年分の特別経費の額は別表乙1の各<8>特別経費・合計欄記載のとおりである。これらは地代家賃(原告が訴外宮本冨美子に支払ったガレージ代、右別表の各<6>地代家賃欄参照)と、利子割引料(原告が、京都中央信用金庫百万遍支店、京都銀行修学院支店、京都信用金庫鞍馬口支店に支払った借入金利子額及び手形割引料の合計額、右別表の各<7>利子割引料欄参照)の合計額である。右地代家賃及び利子割引料の明細は、別表乙4記載のとおりである。)

ホ 事業専従者控除額

原告の事業専従者控除額は、昭和五四年分は原告の妻にかかる控除額、同五五年分及び同五六年分は原告の妻及び長男にかかる控除額であり、別表乙1の各<9>事業専従者控除額欄記載のとおりである。

ヘ 本件係争各年分の原告の事業所得金額は、売上金額から、売上原価、経費、特別経費、事業専従者控除額を控除したものであり、別表乙1の各<10>事業所得金額欄記載のとおりである。

したがって、右各事業所得金額の範囲内で被告がした本件各処分は、いずれも適法である。

三  原告(被告の主張に対する認否、反論)

1  被告の主張に対する認否

(一) 被告の主張二2(一)を争う。

(二) 同二2(二)のうち、被告の部下職員が原告の居宅兼事業所に臨場した回数、右職員が帳簿書類の提出等調査に協力するよう要請した事実、原告が帳簿書類を提出しなかった事実を否認し、その余の事実を認める。推計の必要性を争う。

(三) 同二2(三)(1)を争う。

(四) 同二2(三)(2)については、ホのうちの昭和五五年分及び同五六年分の事業専従者控除額のみを認め、その余を否認する。ヘの主張を争う。

2  反論(実額の主張)

原告の本件係争各年分の売上金額、仕入原価、経費等の金額は、昭和五四年分が別表甲3ないし5、同五五年分が別表甲6ないし8、同五六年分が別表甲9ないし11記載のとおりである。

四  被告(原告の反論に対する認否)

原告の反論三2のうち、昭和五五年分及び同五六年分の事業専従者控除額のみを認め、その余の各事実は知らない。原告主張の売上金額等の実額には、相当な計上洩れがあり、実額反証とならない。

第三証拠

証拠に関する事項は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一本案前の検討

原告は、昭和五四年分の所得税の総所得金額を五四一万九、九三九円とする更正処分及び過少申告加算税賦課処分のうち、総所得金額につき二三九万円を超える部分の取消を求めている。

なるほど、前示当事者間の争いのない事実によれば、被告は当初昭和五四年分の所得税の総所得金額を五四一万九、九三九円とする右更正及び賦課処分をした。しかしその後、原告の審査請求による裁決により総所得金額を四九五万九、五六七円とする裁決があった。

とすれば、更正処分は、右裁決により変更された四九五万九、五六七円となり、これを超える更正、賦課処分は存在しなくなった。したがって、右金額を超える部分の更正ないし賦課処分の取消を求める原告の本件訴えは不適法であり、却下を免れない。

第二本案の検討

一  原告の請求原因一1の各事実は、当事者間に争いがない。

二  原告の請求原因一2(一)及び被告の主張二2(一)の事前通知、調査理由の開示、第三者の立会、反面調査について検討する。

税務職員による質問検査については、その範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、右必要と相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきである(最決昭和四八年七月一〇日刑集二七巻七〇号一二一一頁、最判昭和五八年七月一四日訴務月報三〇巻一号一五一頁参照)。そして、本件において、税務調査に際し事前通知をしなかったとか、調査理由を具体的に開示しなかったとか、第三者の立会いを認めなかったことが、調査担当職員の裁量権の濫用であるとか、本件調査がその必要なしに、あるいは社会通念上相当でない方法で行なわれた違法があるとすべき事情は本件全証拠によっても認められない。

また、いわゆる反面調査について、納税者の同意ないし承諾を法律上の要件とする規定はなく、とくに、その同意ないし承諾を得る必要はない。質問検査の必要がある限り、前示質問検査の一つとして調査担当職員の合理的な選択の下に、反面調査をすることができ、本件全証拠によっても、その選択が不合理であるとはいえない。

以上によれば、原告の請求原因一2(一)の主張は理由がない。

三  被告の主張二2(二)の推計の必要性について検討する。

1  被告が、その部下職員を、本件係争各年分の原告の所得税調査にあたらせたことは、当事者間に争いがない。

右争いがない事実、成立に争いがない乙第四号証、証人沢亀泰造の証言により成立が認められる乙第三五号証、右証人の証言、原告本人尋問(第一、二回)の結果(但し、借信できない部分を除く)、及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の各事実を認めることができる。

(一) 被告の部下職員である国税調査官沢亀泰造は、原告に対する所得税調査のため、昭和五七年一〇月四日及び同月五日に原告の居宅兼事業所に臨場したが、いずれも原告本人が不在であった。

(二) 同月一五日に、右職員が原告方に臨場したところ、第三者四名が同席していたので、右職員は、原告に対し、右第三者らの退席のうえ帳簿書類を提出するよう求めた。しかし、原告は右第三者らの退席に応じなかった。

(三) 同月一九日に、原告から左京税務署に電話があり、右職員が、資料を預かり検討したい旨説明すると、原告は、資料も完全でないので、反面調査をしても差し支えない等を申し出た。

(四) 昭和五八年一月二七日に右職員が原告方に臨場したところ、原告本人は不在であった。

(五) 昭和五八年二月九日、右職員が原告方に臨場したところ、第三者五名が同席していたので、右職員は、原告に対し、右第三者らの退席のうえ帳簿書類を提出するよう求めた。しかし、原告は右第三者らの退席に応じなかった。

2  以上の各事実によれば、本件において、原告の昭和五四年分ないし同五六年分の所得税について推計課税をする必要があったことが認められる。これに反する原告本人尋問の結果の一部は、前掲各証拠及び弁論の全趣旨に照らし遽かに措信できない。他に右認定を覆すに足る証拠がない。

四  推計の合理性について

1  証人岸本貴行の証言、成立に争いがない乙第五号証の一、二、第六号証の一、二、第七号証の一、二、第八号証の一、二及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告の主張二2(三)(1)の各事実を認めることができ、他にこの認定を覆すに足る証拠がない。

2  右認定事実によれば、被告が原告の本件係争各年分の事業所得金額の算定に用いた同業者の選定基準は、業種の同一性、事業場所の近接性、事業規模の類似性等を確保する基準として合理的なものであり、その抽出作業について被告あるいは大阪国税局長の恣意の介在する余地は認められない。しかも、右の調査の結果得られる数値は、青色申告書に基づいたものでその申告が確定しており信頼性が高く、抽出した同業者数も七名であることから、各同業者の個別性を平均化するに足るものということができる。したがって、右各同業者の同業者原価率及び同業者経費率を基礎に算出された原告の本件係争各年分の事業所得の金額の推計には、特段の事情がない限り合理性があるというべきである。

五  推計の方法による事業所得の金額の算出について

1  売上金額

原告の本件係争各年分の売上金額は、後記2の各年分の売上原価を、別表乙2の各<3>欄記載の同業者原価率で除して算出したものであり、これらは、被告の主張二2(三)(2)イにいう別表乙1の各<1>売上金額欄記載のとおりである。

2  売上原価

原告の本件係争各年分の売上原価は、弁論の全趣旨に照らし、各年分の期首及び期末の棚卸高を同額と推定し、各年分の仕入金額をもって右売上原価と推認するのが相当である。

弁論の全趣旨により成立が認められる乙第三〇ないし第三四号証によれば、原告の本件係争各年分の売上原価は、被告の主張二2(三)(2)ロにいう別表乙1の各<2>売上原価欄記載のとおりであると認められる。

3  経費

原告の本件係争各年分の経費は、前記1の各年分の売上金額に、各年分の同業者経費率を乗じて算出したものであり、これらは、被告の主張二2(三)(2)ハにいう別表乙1の各<4>経費欄記載のとおりである。

4  特別経費

(一) 地代家賃

(1) 弁論の全趣旨により成立が認められる乙第三六号証の一によれば、原告の本件係争各年分の宮本冨美子にかかる地代家賃は、被告の主張二2(三)(2)ニにいう別表乙1の<6>特別経費・地代家賃欄記載のとおりであると認められる。

(2) 原告は、右の他に、訴外滝野多門経営の駐車場に事業用自動車を駐車していたとして、そのガレージ代を特別経費として主張する。

しかし、原告本人尋問(第一回)の結果によれば、右ガレージ代の領収書とされる甲第一五号証の四ないし六、第四五号証の三、第四八号証の一ないし三はいずれも本件訴訟提起後に作成されたものと認められる。また、原告は、事業用トラックである「トヨエース」の他に、事業用として、昭和五五年三月頃までは日産スカイラインGTを、右以降同五六年頃まではトヨタコロナハードトップ二〇〇〇GTを所有していたと主張するが、弁論の全趣旨によれば右ガレージ代は右日産スカイラインGTないしトヨタコロナハードトップ二〇〇〇GTにかかるものと認められるところ、右各車両は、その車名からして家庭用の車両と推認される。以上を併せ考えると、滝野多門にかかるガレージ代は事業関連性がないものと認められ、この認定を覆すに足る的確な証拠がない。

(3) また、原告は、原告の居宅が事業所を兼ねていると主張して、その敷地の賃借料を特別経費として主張する。しかし、原告本人尋問(第一回)の結果によれば、右居宅が事業用に利用されるのは、玄関の一間で、見積書、請求書を作成したり、職人の寄り集まりや打ち合わせを行なったり、右敷地上で作業道具を洗ったりする程度のものと認められ、これは、一日のうちでも短時間の利用にすぎないと推認される。したがって、右居宅の敷地にかかる賃料は、事業関連性を認めるに足りず、これが特別経費に該当するとは認められないし、他にこれを認めるに足る的確な証拠が存在しない。

(4) さらに、原告は、昭和五四、五五年分の雇人用アパートの家賃を、特別経費として主張するが、これは、給与ないし福利厚生費であって、ここにいう特別経費に含まれない。

この他、本件係争各年分の原告の特別経費が、右(1)認定の各数額以上に存在すると認めるに足る的確な証拠がない。

(二) 利子割引料

(1) 弁論の全趣旨により成立が認められる乙第三七ないし第三九号証によれば、本件係争各年分の原告の利子割引料は、被告の主張二2(三)(2)ニにいう別表乙1の各<7>特別経費・利子割引料欄記載のとおりとなる。

(2) 原告は、右の他もに利子割引料がある旨主張するが、いずれも的確な裏付け証拠がなく、これを認めるに足る的確な証拠がない。

5  事業専従者控除額

昭和五五年分及び同五六年分の原告の事業専従者控除額については、当事者間に争いがない。同五四年分の事業専従者控除額について検討する。成立に争いがない乙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、右事業専従者控除額は原告の妻の分のみであると認められる。原告本人尋問(第一回)の結果のうち、右認定に反する部分は、裏付け証拠を欠き、信用できない。他に、右認定を覆すに足る的確な証拠がない。したがって、昭和五四年分の原告の事業専従者控除額は、四〇万円であると認められる(別表乙1の各<9>事業専従者控除額欄記載のとおり)。

6  事業所得の金額

原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、前記1の各売上金額から、前記2ないし5の各金額を控除した金額である。したがって、被告の主張二2(三)(2)ヘにいう別表乙1の各<10>事業所得金額欄記載のとおり、昭和五四年分が六四七万七、〇八三円、同五五年分が六一八万九、二〇三円、同五六年分が五一五万九、六二二円となる。

六  原告の実額の主張について

原告は、その反論三2において、本件係争各年分について売上金額、仕入原価、経費、事業所得金額の実額を主張する。以下、これについて検討する。

1  そもそも、所得実額の主張をもって被告の推計を争うためには、売上げ及び経費の双方につき洩れのない総額の実額を主張立証して、正確な洩れのない所得の実額を証明する必要がある。すなわち、原告において帳簿書類を提示しない等推計の必要性が認められる以上、原告には、係争年度における正確な一切の帳簿書類を提出し、これにより求められる売上額の総額が、洩れのない正確なものであることを主張、立証すべき責任がある。

2  本件において、原告は、売上金額について実額を主張し、その裏付証拠として、領収書類を書証として提出する。しかし、次の各項記載の各証拠、原告本人尋問の結果により成立が認められる甲第五〇号証、五一号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、次の売上の計上洩れが認められる。即ち、次の(一)(1)(2)は、原告口座に振込入金される売上げについては領収書を発行せず、書証として提出していない。その余の分は、売上げがあるのに領収書を提出せず、売上げの計上洩れとなっている。

(一) 昭和五四、五五年分

(1) 木村健治分 昭和五五年六月四日振込の一二万円(乙一六の2、一七)。

(2) コバヤシノブヒロ分 <1>同年五月六日振込の五〇万円(乙一五の9、二五、二六)、<2>同年六月七日振込の一〇万円(乙一五の10、二五、二八)、<3>同年六月二三日振込の二〇万円(乙一五の10、二五、二七)、<4>同年七月一二日振込の五万円(乙一五の11、二五)。

(3) 柏下左官分 昭和五四年一二月、昭和五五年一月各売上げの金六万五、〇〇〇円。

(4) 西口左官分 同年一一月売上げの約一五万円。

(5) 川村左官分 同年一二月売上げの二八万円(乙二一の1、2)

(6) 八丁工業分 同年五月売上げの約一〇万円、同年一二月売上げの約二万円。

(7) 中川左官分 同年四月売上げの約三万円。

(二) 昭和五六年分

(1) 小山左官分 同年売上げの約一一万七、〇〇〇円。

(2) 八丁工業分 同年三月売上げの約六万円、同年四月売上げの約二万円。

3  原告の反論の検討

原告はこれに対し、これらの売上げ計上洩れは、売上げについて領収書の発行のなかった振込入金や常雇いで得た些細な金額で、「うっかり」ミスにすぎない。これらの不備等を理由として推計課税によるべきでないと主張する。

しかし、これらの売上げ計上洩れが、単なる誤記や些細な過誤によるものとは、本件全証拠によっても認めるに足りない。

しかも、被告主張の売上額は推計課税の基礎数値として主張されているものであって、これが洩れのない売上実額であるというものではない。だから、たまたま後に被告が発見して指摘した前示計上洩れ分につき、原告主張のように当初の売上主張額にこれを追加、補充したとしても、これが他に洩れのない売上実額であるとはいえない。むしろ、前認定の売上計上洩れの事例とその発見指摘の経緯に照らし、後に計上洩れ分を追加補充して算出された売上額が、実額反証に必要な洩れのない売上総額の全額であるとは認められず、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。

4  まとめ

以上のとおり、本件係争各年分について、原告主張の売上実額には洩れがあり、その余の経費実額等の判断をするまでもなく、この点で、すでに、原告の実額主張は失当である。

したがって、本件各処分は、前認定五6の各事業所得金額の範囲内のものであって、いずれも適法であり、これに違法な点はない。

七  結論

原告の本件訴えのうち、主文第一記載の部分の訴えを不適法として却下し、原告のその余の請求は、いずれも理由がないからこれを失当として棄却する。よって、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 中村隆次 裁判官 佐藤洋幸)

別表甲1

課税の経緯

<省略>

別表甲2

課税所得計算表

<省略>

別表甲3 54年売上(月別取引先別明細表)

<省略>

別表甲4 54年仕入(月別得意先別明細表)

<省略>

別表甲5 No.1

54年度経費

<省略>

別表甲5 No.2

54年度経費

<省略>

別表甲6 55年売上(月別取引先別明細表)

<省略>

別表甲7 55年仕入(月別得意先別明細表)

<省略>

別表甲8 No.1

55年度経費

<省略>

別表甲8 No.2

54年度経費

<省略>

別表甲9 56年売上(月別取引先別明細表)

<省略>

別表甲10 56年仕入(月別得意先別明細表)

<省略>

別表甲11 No.1

56年度経費

<省略>

別表甲11 No.2

56年度経費

<省略>

別表乙1

係争各年分の事業所得金額の算出表

<省略>

別表乙2

同業者の売上原価率及び経費率の算出表

<省略>

<省略>

別表乙3

仕入金額の明細

<省略>

別表乙4

特別経費の明細

ア 地代家賃

<省略>

イ 利子割引料

<省略>

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